【復刻版 さきたま新聞ブログ】縁の「熊谷さん」に

2008年2月2日
わが「熊谷桜」のお嫁入り
――熊谷直実・蓮生法師八百年遠忌記念「直実蓮生祭り」に寄せて――
 私が小学生時代を過ごしたのは、染井吉野で有名な小金井公園がある武蔵小金井です。四十年も前のことですから、広大な公園は武蔵野の面影をそのままに、周囲にはお茶を垣根とする農家が点在。雑木林が広がる野趣に富んだ公園でした。春になると桜の下でバドミントンやボール投げ。近くを流れる玉川上水は青梅街道に沿い、水縁には歴史ある桜並木が続いていたように思います。小金井第二小学校の校長先生は「小金井」先生、三年生の時、新設開校し分かれて行った先の本町小学校の校長先生は「桜」先生。記念式典でそんなお話がなされました。六年生で転居して後、春の小金井は訪れたことがありませんが、桜を調べるようになってから、小金井桜の歴史も興味深く読みました。
 しかし、そんな町に育っていながら、子どもの私は桜に余り思い入れはなく、むしろ、春の花としては連翹・雪柳の記憶が鮮明です。若い頃は、華やかでいて儚げな桜はどこか近寄りがたく、夜桜見物なんてもってのほか、その上坂口安吾ではないですが、何か禍々しいイメージもありました。
 私が熊谷桜のことを知ったのは、かれこれ十数年も昔。桜のまち・熊谷に暮らし、縁あって横田さんを知りました。チェリークリスマスの桜堤ライトアップや熊谷桜の接ぎ木講習会などに参加。忍の殿様の花見など、わが町の〝さくら歴史物語〟を紐解きました。万平公園近くに住んでいた頃は、毎日が贅沢なお花見。桜木小学校にお世話になった娘の入学・卒業式はどちらも桜の花の下で写真を撮りました。万平町の浄水場近く、桜土手のはずれの植樹に参加した際、お孫さんの成長を願って抱っこしながらスコップを握っていた方の姿が思い浮かびます。
 何と言っても熊谷自慢は、荒川・広い空・緑。暮らしの中でいつしか桜が大好きになっていました。熊谷桜には、一目惚れでした。それは、この桜が可憐で秘めやかな印象の樹木であること、幻の伝説を持ち、心あつい桜守が存在することに由来するのでしょう。熊谷桜を追いかけて、春彼岸の前になると心浮き立ち、中央公園・石上寺・さくらめいと熊谷ドーム・大正寺と歩き回りました。私は、綻び始める頃と三分咲きの風情が好きです。
 そして、昨年のこと。熊谷直実・蓮生法師八百年遠忌記念「直実蓮生祭り」が開かれました。熊谷寺でのうちわ祭お囃子奉納、熊谷歌舞伎「一ノ谷嫩軍記」公演などの催しがあり、スタッフとしてお手伝いする中で、わが熊谷桜が各地からおいでになる「熊谷一族」の方々へのお土産となることを知りました。記念式典は十月二十七日、中央公民館ホール。ミス熊谷の手で熊谷氏代表・熊谷光久さんに手渡された鉢は、横田さんが丹精込めて育てた熊谷桜の苗木です。木の高さは三十センチくらい。ここまで大きくなるのにどれほど手間暇掛けられたことでしょうか。文字通りの「お嫁入り」でした。
 嫁ぎ先は、九州から滋賀・京都・八王子・横浜・北本などの直実さんゆかりの熊谷一族の末裔。一昨年には熊谷市緑化センターで、直実公没年千二百七年説による同様の集いがあり、一族同士の交流も熊谷を基点に始まっていました。「関東の阿弥陀仏」と謳われた心優しい蓮生法師の心持ち、そして他に先駆けて咲く熊谷桜の心根の取り合わせは、誠に絶妙です。各地に散ったこの可憐な熊谷桜が、しっかりと根付いて後の世にその心持ちに乗せて、わが町の「桜ファンクラブ」、「直実大好き会」、その仲間達のあつい思いを伝えてくれることでしょう。
★熊谷一族は全国に散るが、山口広島、美濃近江、長野、金沢、仙台、宮城白石、その他奥州に分布。例えば京都の老舗鳩居堂(銀座店で紙製品をお買いになる方は多いのでは…)の紋は直実ゆかりの向かい鳩であり、九代目熊谷香織さんは歌手。式典には直実公に関して纏めた小冊子を持参。光久氏は自衛隊幹部在職中から研究家として著作あり。祭り実行委員は地元商工関係・歌舞伎の会・祭り関係・國學院院友会支部朝日新聞売店・タウン誌関係等。
 日が経って後、「あの熊谷桜はどうなったのでしょうね」と、心配の声も聞きました。みな、熊谷桜を愛する方達です。確かにさまざまな風土のところに行ったわけですから、もしかしたら木にとっては試練の時を過ごしていたかもしれません。しかし、早二月。梅の花も咲き始めました。心優しく行い立派な熊谷一族のことですから、桜育ても上手にこなしているに違いません。
 桜は人の手がいる樹木だそうです。そして、桜の陰には優れた桜守がいます。桜の物語があります。花咲爺さんではありませんが、そんな風流譚がわが町熊谷で、そして各地で生まれてくれたらなあと夢のようなことを考えた初春の如月二日でありました。桜にまつわるあれこれを思い出しながら書かせていただきました。このような場所を作って下さった横田さんに心より感謝申し上げます。
(桜ファンクラブ機関誌原稿)

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櫻品